喜怒哀楽が激しい自覚があります。
特に、怒りは自分が損をすることになると頭ではわかっていても、ついイライラしてしまう。
憧れるのは「穏やかで大らかな人」だけど、生まれつきなんだろうなぁ。祖母も母も気性が荒いし、私もそういう性質なのかも。
そんな私もできることからトレーニングをして、我慢するのではなく「反応しない」人になれるかもしれない、と期待を抱いています。
「反応しない練習 特別版 自分の心を失わないために」 草薙龍瞬 KADOKAWA
散歩しながらAudibleで著者自身の朗読のものを聴きました。
疲れているときなどに何度も繰り返し聴いて、心の使い方を思い出したいと感じるオーディオブックでした。
感情の取り扱いで特になんとかしたいところが2つあって、ひとつめは保育園児の子どもに対するイライラ、もうひとつは関係が良好ではない母への感情でした。
どちらにも、感情を揺さぶられることなく、我慢することもなく、自然に穏やかに接することができたらなぁと思っていました。
本書で何度も繰り返されることは、怒りや悲しみの感情は「反応」であるということです。
ある現象に対しての反応は変えることができる。「7つの習慣」でも述べられていたことと同じです。
反応を変えるための第一歩は反応していることに気づくことだと言います。
なぜそのような反応をしているのか、自分の心を理解しようとすることが重要です。
これを知ってから子どもと接するとき、イライラの原因は目の前の子どもの行動なのか?と考えると、「そう言われてみると、なぜ怒りを感じているのか説明できないかもしれない」ということの方が多いのです。
自分が急いでいるのに子どもが思い通りに動いてくれないことに対する焦りを怒りと感じていたり、子どもが危険なことをして心配な気持ちを怒りと感じていたり、ということもあります。
まだ自分でも理解しきれていないところなのですが、本書の中で例として挙げられていた、自分の親との関係が他の人との関係にも影響していたというエピソードを聴いていると、私も母との関係性に対する執着があるのだろうとも想像しました。
『反応しない練習』というタイトルなので反応はすべて避けた方がよいのかと言えばそうではなくて、快・不快でいう快の反応は意識的にするのも心のトレーニングとして推奨されていました。
自分が快の状態になれるのであれば欲を追い求めてもよいということは驚きでしたが、人と自分を比較してより優れていたいという、よくありがちな欲では快の状態になれないので、そこは誤解しないようにしないといけませんね。
なかなか本書の教えをすべて実行することは今の私のレベルでは難しいですが、冒頭にも書いたように繰り返し聴いて、自分の状態をチェックしていきたいと思います。
すぐにできることは「反応していると気づく」ことなので、「私は反応している」と心の中で言ってみることを意識し始めています。
もう一つ、感情的になりそうな相手と話すときの心構えとして、半分は相手を理解し、半分は自分の心の反応を理解するというものも実行したいと思っていたのですが、最近母と話したときに実行するのを忘れてしまいました。
もうちょっと自分にとって攻略しやすい相手から試してみます。
あとは、筋トレみたいなもので心のトレーニング。
瞑想は流行っているので気になって何度もチャレンジしていますが、まぁ気が散りますね。
目を閉じて瞑想するだけではなく、歩きながら歩く動作に集中することも例示されていたので、こちらのほうが取り組みやすいかもしれないですね。
憧れの穏やかな人になって、幸せな自分でいよう。
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